おはようございます!テマヒマ平岡です!
当時、webクリエイティブ事業部の責任者をしていました。
と言っても、最初は僕とデザイナー2人だけの組織です。
デザイン業務以外の仕事を全てやらなければいけなかったので、1人会社のような状況でした。
毎月数百万円の粗利目標があり、常に新規のサイト制作案件を受注しなければいけない状況。
サイト制作は数ヶ月に及ぶこともあるので、仕事を取れば取るほど業務量が増え、それでも新規の営業活動を増やし続けなければいけないという地獄のサイクルでした(笑)
自部署の仕事だけならまだよかったのですが、経験者ということもあり、他部署で大きめのクライアントや案件の提案などがあった場合は、フォロー役として駆り出されることもしばしば。
そんな中、ある通販化粧品会社への提案に駆り出されました。(R社とします)
総合的な提案だったので、上層部メンバーでチームを固めて提案。結果は、競合に負けたのですが、社長が僕たちを気に入ってくれ飲みに行く仲に。
そして、新商品を作るからweb領域をやってみないかと誘ってくれました。
ゼロベースからブランド立ち上げに関わったことはなかったので、とても魅力的に感じ全力で取り組もうと決意します。
とはいえ、自分の事業部の数字を達成することが第一のミッションです。
R社は他部署案件なので、基本的には僕の数字にはなりません。
ですが、新規立ち上げでまとまった予算のある状況だったので、社長から命が下ります。
高額SEOを売ってください。
当時、SEOは粗利の高いサービスでした。
外部リンクを外注し、ブラックボックスな状態でリサーチと分析を自社でやり、レポートを出すだけで、費用も工数もほぼかからない施策です。
僕的には、そんな博打のような商品を半ば騙すような形で売りたくないと思っていました。新規の立ち上げで成果が出るのが半年〜1年後の施策に予算の多くを割く理由がないし、ECで、しかも基礎化粧品でSEOでリターンを得られる成果を出すのは厳しいと考えていたからです。
でも、数字のプレッシャー、マネージャーという組織人としての義務、それらから高額SEOをねじ込みました。自分の考えとは違う話で説得し、自分という人間を信じてくれた社長の信用を利用して。
申込書を受け取った帰り、モヤモヤとした気持ちを抱えながら「もうこの仕事のやり方は続けられない…」と駅で決心したのを覚えています。
そこから、サイト制作が始まり担当者とのやり取りも増えていきます。
当時、別のクライアントでシステム開発を含むサイト制作の案件があり、外部のエンジニアと制作を進めていました。
システム開発素人の僕がディレクションし、初めてやり取りするフリーランスのエンジニアがプログラミングをしているので、問題が起こりまくります。
昼夜を問わず、そのエンジニアと二人三脚で取り組み、夜中に指示出しをして仮眠をとり、朝起きてチェックをしてクライアントへの説明を作り、その間にエンジニアは寝てもらう、そんな日々を数週間続けていました。
その当時、2〜3ヶ月は睡眠時間ほぼ3時間くらいの生活でした。気を抜いたら寝落ちする感じです(笑)
そんな状況だったので、R社の案件も後手後手になります。
週末の時間もフルに使い、なんとか計画を前に進めようとしましたが、ついに担当者からクビを宣告されます。(おそらく高額SEOをねじ込んだ件での不信感もあったのだと思います)
仕事であれほど悔しかった経験はありません。
もっとやれること、やりたいことがあるのに、そこに全力を注げず、期待をかけて任せてくれたクライアントに迷惑をかけてしまっている。
自分で蒔いた種ですが、ここで諦めたら、そのあとの自分のビジネス人生がダメになると感じました。
なので、社長へ直談判しに行きます。
「報酬はいらないので、やらせてほしい」
相手のためではなく、自分のため、ただのわがままです。
社長は気持ちを汲み取ってはくれましたが、今の環境ではどうせ同じだろう?と、すでにギリギリの中でフルに使って今の状況なら変わらないだろう、と。
ただ気持ちだけで動いていた自分を見抜かれていました。
そこで、提案をもらいます。
「次に任せることにしてる会社に行ってやればいいんじゃない?」
元々このプロジェクトは、オフラインとオンラインとで担当会社を分けてチーム編成をしていました。
我々はオンライン担当だったので、その分をオフラインを担当していた広告代理店へ任せることにしたのでした。
社長からその代理店の役員に話をしてもらい、平岡を紹介してもらいます。
先方としてもお得意先からの紹介、かつ代理店経験もありオンラインのマーケティング知識もあり、30歳そこそこの即戦力人材となればウェルカムだったようです。
ただし、正社員しか採用しないという条件を提示されました。
僕自身、自分の目的がはっきりした状況で、当時の会社に居続けることが最優先ではなくなっていたため、良い機会だと思い退社を決意します。
社長と副社長に対して、理由と退社の意を伝えました。
最初はダメだと言われましたが、
会社にいながら、そっちの仕事をすることはできないか?
一時、休職の形でやり切ったら戻ってくるとかは無理か?
とありがたい提案をもらいました。
ただ、その代理店が正社員でなければダメだという固い考え方だったので、どうしようもありませんでした。
僕の気持ちを汲み取ってくれ、退社を受け入れてくれ、条件として後任を用意することを告げられます。
それは自分のわがままで組織を抜ける身としてのけじめだと思い承諾しました。
ただ、採用がなかなかうまくいかず、結局社内の別の人(この人も相当いろんな仕事に関わってるw)を後任にすることで引き継ぎを行い、退社を告げてから3ヶ月ほどして、代理店へ転職しました。
平岡を信用してくれているクライアントも多かったため、何かあれば顔を出したり対応したり、常にやり取りは水面下で追う形で、実質2社で所属しているような生活を続けることにw
飛ぶ鳥あとを濁さずで、やれることはやりきる所存でした。
R社の案件が代理店に渡り3ヶ月、社内では別の担当者がメインで担当していたので、区切りが良いタイミングで平岡にスイッチするという約束で、裏で案件の状況を見てアドバイスをしたりしながら、社内の別クライアントの案件を担当する日々が始まります。
オフラインがメインの会社だったので良いクライアントは多いけど、web領域を広げられていない状況でした。
なので、大手クライアント中心にweb領域を拡大する役目として駆り出されていきます。
そして事件が起こります。
入社から2ヶ月ほど経った時、その会社からR社の案件が引き離されました。
原因はweb領域への知見の乏しさ、それによるミスの連発。
webマーケティングの得意な会社へプロジェクトを移管されることに。
その会社にいる目的がなくなったので即、退社を役員へ伝えたのですが、すでに重要なクライアントへ食い込み仕事を進めていたこともあり、ちょっと待てと止められます。
そのあと数ヶ月うやむやなまま引き伸ばされ、やっと解放されました。
元の会社から、戻ってきてほしいと言ってもらえたのですが、ちょうどその頃、数十億円の大型調達をし、上場へ向けて大きく踏み出そうとしていたタイミングに、わがままを言って出ていった人間がポッと戻ってきて、席に収まるのも違うなと思っったので、お断りしました。
かといって、他の会社に行きたいとも思わなかったので、いつかやろうと思っているなら、今がそのタイミングかもなと思って作ったのが、テマヒマという会社です。
仕事があったわけでもなく、何かしたいことがあったのでもなく、何かを始めるために作ったのがこの会社の設立の経緯です。
そんな会社が今年で12年目を迎えています。
クライアントに恵まれ、パートナーに恵まれ、今日も平穏に過ごせています。
感謝しかありません。
