おはようございます!テマヒマ平岡です!
「いつかは独立したい」そう思って働いている人は結構います。
マーケティング支援の仕事をしていてクライアントのチームメンバーと関わっていると、個別に相談を受けることがたまにあります。
現状への不安や、さらなる向上心など、それぞれの理由がありますが、社内に振り回されないより働きやすい環境で、より成果と収入が一致する働き方をしたいという想いが共通していると感じます。
僕は2015年1月にテマヒマを設立しました。
気づけば10年以上経ってます。
僕の場合は、自分を押し殺してまでやりたかったプロジェクトが消え、行き場を失ったため「いつか」を「今」にした形でした。
今日は、どんな経緯で独立したのかをお話したいと思います。起業したいと思っている人、転職をしたいと考えている人のお役に立てば幸いです。
新卒で入った広告会社ではTV広告などのマスメディアのプランニングやアカウントプランナーとしてクライアント対応をしていたのですが、
30歳を目前にしたとき、「このままこの会社で働いていても、10年後はあの先輩みたいな感じ、やっていることも今とあまり変わり映えしない、いつかは自分で事業をしたいと思っているけど、広告会社で得られる経験で独立できるイメージがわかない」そう感じて転職を決断します。
「今後はITを使いこなせないとビジネスは成り立たない!」と思っていたので、ITを事業の核としていて事業を作っていく会社で、できるだけ小さくて勢いがあるところをエージェントに探してもらいました。
webマーケティング支援事業、SES事業を営み、他にも事業を作っていこうとしている会社と出会いました。自分の経験も多少は活かせつつ、事業責任者として新規事業にも関わっていける環境に魅力を感じ、入社を決めます。
優秀な人材がいるとの話でしたが蓋を開けてみれば、経営陣以外は新卒とインターンだけで(後日談ですが、中堅メンバーが社長と揉めてごっそり退社してましたw)、
ホワイトボードに書かれた毎月のノルマ数字、がんがんテレアポをしている若者たち、社長の檄が飛びまくる重く張り詰めた社内の雰囲気を見て、入社初日に「うわぁ、これはやってしまったかな…」と一瞬自分の選択を恨みましたが、
そこはもう決めて行動したことなので気持ちを切り替えて、早く自分の仕事を作って、自分のポジションを確立しようと決めて、必死に食らいつく日々がそこから始まります。
よくあるその辺の若者を集めた小規模な会社ではなく、何もない会社にしては異質でした。
社長が組織人事コンサルの会社で働いていたこともあり、組織づくりへの徹底的な取り組みや採用への過剰な投資によって、普通に大企業に就職できる東大や京大などの学生を採用していました。
大手商社の内定を蹴って来たような若者がいたり、異常だなと感じつつもすごい会社だなと。
成長したいという若者を集め、成長のための機会を与え、それについて来れる人間だけで構成された組織なので、めちゃめちゃ強靭でした。
僕も8年間、広告会社でそれなりに一生懸命働いてきました。他の会社で働く同級生と比べたら「働きすぎじゃない?」と言われるくらいでしたが、今までが如何にぬるま湯だったかと痛感されました。
目標数字を達成できていないときの全てが終わっている雰囲気
目標達成していると積み上がる予算(無限地獄のような感覚)
テッペンから始まる全体会議(基本は営業部隊への詰め回なのでエンドレス)
他部署のフォローで増え続ける仕事(経験者が少ないのでなんでも拾う)
壊れていく若者たち(それを受け入れられるようになる自分)
業務だけではなく、会社づくりにも必然的に関わることになるので、より時間が足りません。イベントごとも全力でやります。手抜きは許されません。まぁ、だから楽しいんですけど。
仕事も自分のできることから選べるわけではありません。ハッタリを重ね、とにかく仕事を取ってきます。そのあと、必死でそれを形にして提供するような仕事のやり方を繰り返したお陰で、めちゃめちゃスキルが身につきました。
仕事を取らないと自分のタマが殺られる感じなので、もう必死ですw
そんな環境だったので、多くの経験を短い期間でできたし、ビジネスというものへの解像度も高まり、そのあと独立するための土台を築けました。
今の自分があるのは本当にこの2年のエクストラハードモードのお陰だと断言できますw
そして、ここからのお話が独立した経緯なのですが、長くなってきたので、また明日にします!
後半へ続く…
